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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4902号 判決 1997年7月18日

原告

西原輝こと寺崎輝

被告

カネショウ松井通商有限会社

主文

一  被告は原告に対し、金四八三六万一五七一円及び内金四四三六万一五七一円に対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告のその余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及び内金四六〇〇万円に対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車に乗車中、交差点において、大型貨物自動車と衝突して負傷した原告が、視力の障害を残したとして、右貨物自動車の保有会社に対し、民法七一五条に基づいて、逸失利益等の賠償を求めた(内金請求)事案であり、視力障害と事故の間の因果関係の存否を巡って争われた。

一  争いのない事実及び争点判断の前提事実(以下( )内は認定に供した主たる証拠を示す)

1  事故の発生(争いがない)

(一) 日時 平成四年六月二七日午前六時三分頃

(二) 場所 大阪市西区本田三丁目一番一号先、府道築港深江線川口三丁目交差点(以下「本件交差点」という)

(三) 関係車両 原告運転の普通乗用自動車(なにわ五七ろ九一九四号、以下「原告車」という)

訴外向山弘泰(以下「向山」という)運転の大型貨物自動車(神戸一一う七四五二号、以下「被告車」という)

(四) 事故態様 本件交差点において原告車と被告車とが衝突した(以下「本件事故」という)。

2  原告の後遺障害の認定及び被告との示談(甲八、弁論の全趣旨)

原告は、視力障害を訴えたが、自動車保険料率算定会は、「視力障害については、前眼部、中間透光体、眼底にいずれも異常が見られないので、心因性のものと考えられ、外傷によるものとは断定できないとして、外貌の醜状痕が、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一四級一一号に該当する。」と認定した。

そこで、原告は、平成六年一一月一〇日、被告との間で「<1>入通院損害及び等級表一四級一一号の後遺障害を対象として、既払金を除き、一〇〇万円の支払を受け、<2>等級表一四級一一号以外の後遺障害が発生した場合は別途協議する。」ことを骨子とする和解契約を締結した。

3  被告の責任原因(明らかに争わない)

向山は被告の業務執行中に本件事故を起こした。

4  損害の填補(争いがない)

原告は労災から障害特別年金を除き五二二万〇九八九円の損害の填補を受けている。

二  争点

1  過失相殺

2  視力障害と本件事故の間の因果関係の存否

(原告の主張の要旨)

原告は本件事故前、矯正視力が一・〇であったのに本件事故後急激な視力低下、視野狭窄が生じ、現在まで継続していること、治療中ステロイド剤が一定の効果を示したこと等からすると、因果関係の存在が認められる。原告の視力障害は等級表三級に該当するもので、その労働能力の全てを失った。

(被告の主張の要旨)

本件事故による衝撃は視神経に障害を及ぼすほどの強度を有さなかったうえに、求心性視野狭窄が生じていること、両眼の視力が同様に低下していることは外傷性の視力障害では説明がつかない事柄であって、原告の視力障害は、心因性に基づくもので、本件事故との間に相当因果関係は認められない。仮に、因果関係が肯定されるとしても、大幅な寄与度減額がなされるべきである。

3  損害額全般

(原告の主張)

(一) 将来の付添費 四二三六万円

計算式 日額五〇〇〇円×三〇日×一二月×二三・五三三七=四二三六万〇六六〇円

(二) 逸失利益 七六四四万二九七四円

計算式 三一万四二〇〇円×一二月×二〇・二七四五=七六四四万二九七四円

(三) 後遺障害慰謝料 二〇〇〇万円

原告は(一)ないし(三)の計一億三八八〇万二九七四円の内四六〇〇万円及び(四)弁護士費用四〇〇万円の総計五〇〇〇万円及び弁護士費用を除く四六〇〇万円に対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(一) 付添の必要はない。

(二) 原告の収入実額をもって逸失利益を算定すべきである。また、原告は整骨院のアルバイトをして収入を得ており、この点も逸失利益算定に当たって考慮すべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  認定事実

証拠(甲二ないし四、九ないし一二、一七、一八、三一、乙四の1ないし3、原告本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一) 本件事故は、別紙図面のとおり、北東から南西に延びる広い中央分離帯を有する片側五車線の道路(以下「第一道路」という)と、東西に延びる片側二車線の道路(以下「第二道路」という)によってできた交差点において発生したものである。本件交差点は信号機によって交通整理がされており、第一道路の中央分離帯は阪神高速道路の高架の下になっている。

第一道路の最高制限速度は時速六〇キロメートルであり、第一道路を南進し、第二道路に右折進入を試みる車両の運転者にとって右高架によって視界が一部遮られ、第一道路を北進してくる車両の見通しは不良であり、北進車から右折車両の見通し状況も不良である。

(二) 向山は、第一道路を南進していたが、別紙図面<1>(以下符号だけで示す)において、本件交差点の対面信号が青であることを確認のうえ、第二道路への右折進入のため、先行するの大型貨物自動車に後続して<2>まで進行したうえ、同地点で一時停止したものの、右先行車がそのまままで進行したので、これに引き続いて進行しようとしたところ、<3>において、自車に衝突した<ア>の原告車を初めて発見して、急制動をかけ停止した後、一般車両の交通の妨げにならないように、<4>まで移動して停止した。

(三) 他方原告は、第一道路を時速約六〇キロメートルで北東に進行し、交差点の南詰停止線の約五〇メートル手前において、一台の大型貨物自動車が第二道路へ右折していくのを認めると共に、対面青信号を確認しこれに従い、本件交差点を直進しようとしたが、停止線の約一五メートル手前において、前方約三六メートルの<2>から進行してくる被告車を認め急制動をかけたが及ばず、<ア>において、<3>の被告車と衝突した。

2  右認定事実の補足説明

原告の本人尋問における供述内容は、前記1(三)の記載のとおりのものであり、内容が明確であるうえ捜査段階での供述と矛盾するところもなく、同人の供述は信用性が高いものである。

これに対し、向山は、「交差点内で一分余り停止し、第一道路を北進してくる車両が停止したのを見てから発進した。したがって、衝突時には第一道路の対面信号は赤だったはずである。」旨証言する。しかし、向山は発進時において信号を確認していないのであるから、第一道路の対面信号が赤であったというのは確たる根拠に基づくものでないと言える。しかも、同人の検面調書(甲一八)には、「先行車が一時停止せずに右折したもので、私もごく短時間停止しただけで右折してしまった。」との供述部分があり、証言内容と齟齬しており、向山証言はこれを採用できない。

3  判断

1の各認定事実に照らし考えるに、向山は一時停止はしたものの、第一道路を北進してくる原告車を見落とし、その衝突時点までその存在に気づかなかったもので、その過失の内容は重大である。他方原告は向山が一時停止していたにも拘わらず、被告車が発進するまでその存在に気づかなかったもので、右折車への動静不注視の過失が認められる。右過失の内容を対比し、現場の道路状況等を考えあわせると、向山と原告の過失割合は三対一と認められる。

二  争点2(視力障害と本件事故の間の因果関係)について

1  認定事実

証拠(甲五ないし七、一三ないし一六、一九、二〇、二一の1ないし3、二三、二五、二九、乙一の1ないし6、二の1ないし19、三の1ないし58、五、六、八、原告本人、証人北庄司清子)によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 整形外科での治療経過

原告(昭和三六年七月一七日生)は、当時三〇歳の健康な男性で、裸眼視力〇・〇七で近眼ではあったが矯正視力は一・〇で、運転免許も取得していた。原告は、本件事故により、頭部外傷、顔面打撲多発挫創、頚椎捻挫等の傷害を負い、松本病院に搬送された後、意識を回復した。顔面の傷害は額のやや右寄りから鼻にかけての裂創が一番大きく、繃帯が目の部分を除いて装着されていた。原告は視界がぼやけるという異常を感じたが、繃帯が顔を圧迫しているためと考えて、これを医師に告げずにいたが、同年七月一四日ころ、眼科の診察を希望した。しかし、頭痛が高まる等症状が悪化したために、しばらく眼科で受診することができなかった。なお、原告は同病院に同年八月二九日まで入院している。

(二) 眼科での治療経過

原告は、平成四年八月二八日から、平成五年三月三〇日まで大阪市立北市民病院眼科に通院し、担当である北庄司清子医師の診察、治療を受け、外傷性視神経障害の診断名を得た。その際、原告の眼球自体には明らかな異常は認められなかったが、視神経が眼底部に接している視神経の乳頭部分と眼底との境界線が不鮮明で、乳頭が赤っぽい色調を示しており、右状態は通院期間中、継続していた。他の検査結果は以下のとおりである。

(1) 視力検査

当初、裸眼視力が右〇・〇一、左〇・〇二、矯正視力が左右とも〇・〇三であったが、視神経障害の治療に用いられるステロイド剤の投与がなされた後、平成四年一一月ころには、矯正視力が右〇・〇七、左〇・〇九まで回復したものの、そこで回復が頭打ちになったことと、副作用が懸念されたため、投与が中止されたところ、視力は再び悪化した。

(2) 中心フリッカー値検査

光の点滅に対する反応検査であり、網膜から外側膝状体までの視神経の異常を調べる検査であるが、健常者の場合、一秒間に四〇ないし五〇回の点滅を境として点滅する光が点滅していないように見えるが、原告の場合、右数値は両眼とも概ね三五を切っており、異常と診断された。但し、点滅の回数を徐々に増やしていく方法を採った場合と、徐々に減らしていく方法を採った場合とでは、数値に違いが認められた。

(3) 網膜電位検査

検眼では発見できないような網膜の異常を検査するもので、原告の場合、異常を示した。

(4) VEP(視覚誘発電位)検査

視神経乳頭から後頭葉までの視路の異常の有無を確認するもので、原告の場合、異常と正常の境界線上にあると判断され、B波、OP波が消失しているところから、網膜に異常があることが疑われた。

(5) 視野検査

両眼に求心性視野狭窄があり、健常者の場合、上下内外それぞれ六〇度、七〇度、六〇度、一〇〇度の視野範囲を有するが、原告の場合、上下内外とも視野の中心から二〇度程度の視野範囲しか有さない。

(6) CT検査

眼球内、脳内のいずれにも著変は認められなかった。但し、右検査では視神経の形状異常だけが検査対象となり、機能の異常は検査できない。

(7) 血液検査

視神経に異常をもたらすような、循環器系の疾患は発見できなかった。

(8) FAG検査

網脈絡膜の異常を検査するもので、原告には異常は認められなかった。ただ、右検査の際、光で誘導したにも拘わらず、原告はそれを目で速やかに追うことができず、眼球運動・固視運動が不良であると診断された。

(三) 症状固定

原告は、平成五年三月三〇日、大阪市立北市民病院において症状固定の診断を受けたが、北庄司清子医師作成の後遺障害診断書(甲六)には、原告の視力は両眼とも裸視で〇・〇一、矯正で〇・〇四であり、視野狭窄があり、前眼部、中間透光体、眼底に特に異常は認められなかったが、中心フリッカー値が両眼とも低値、網膜電位図に波形異状が認められるとの指摘がある。今後の見通しとしては視力及び視野回復の見込なしとされた。

(四) 自動車保険料率算定会の認定

自動車保険料率算定会は、原告の目の障害は他覚的所見に欠けるもので、心因性のものと考えられ、等級表上の後遺障害には該当しないと判断した。他方、労災においては原告の視力障害が四級一号、視野狭窄が九級三号で併合三級に該当するとの認定を受けている。

(五) 原告は平成五年四月から盲学校に入学し、職業訓練を受け、平成八年卒業し、整骨院のアルバイトをしている。

(六) 担当医の見解、医学的知見

大阪市立北市民病院の担当医である北庄司清子医師は、「ステロイド剤の投与の有無と視力の回復が関係があること、乳頭が赤っぽい色調を示すことからみて、原告の視神経に障害があると考えられる。しかし、視力障害が両眼に生じ、求心性視野狭窄が生じていることから見ると、心因性が関与していると思われるが、その程度は不明である。」とする。

視神経が萎縮した場合、乳頭部の蒼白化が認められるが、視神経の異常によって乳頭部が赤みを帯びることもある。視神経は、比較的低い外圧によっても、その回りの血管が断裂することによって、その機能に損傷を受ける性質を有している。しかし、医学上、外傷性の視神経症は、その発生が、ほとんど常に片側に起きるもので、また求心性視野狭窄は起こらないとされている。

2  判断

(一) 因果関係について

原告は本件事故によって視力障害の後遺障害を残したと判断する。その理由は以下のとおりである。

第一に原告の受けた傷害の部位、事故態様に鑑みると、原告の頭部に受けた外圧は相当大きかったものと認められるところ、視神経は、比較的低い外圧によってその機能に損傷を受ける性質を有していること、第二に、原告は受傷前は近眼であったとはいえ、矯正視力が一・〇であったものが、本件事故後、視力に異常を来たし、極端な視力の低下が認められ、しかもこれが継続していること、第三に、各種の検査結果によれば、視神経の乳頭部分が赤みを帯び、フリッカー値が異常を示すなど、その障害が他覚的にも認識可能なものであるうえに、視神経障害の治療に向けられた投薬が一定の効果を示していることから考えると、原告は本件事故により視神経の機能に損傷を受けたものと認められる。

右事実特に第三摘示の点に照らすと、原告の視力障害が専ら心因性に基づくものであるという被告の主張は理由がない。しかしながら、前記(六)摘示の医学的知見と原告の症状を照らし合わせると、原告の視力障害の発生に心因性が関与していることは否定すべくもなく、原告の視力障害の発症は、外傷による視神経の障害を基礎に、原告の心因的要素も関与して、現症状に至ったと認められる。

したがって、生じた損害の全てを加害者側に負わせるのは相当ではなく、公平の見地から民法七二二条二項の法意に従い、相当の減額をなすべきである。その割合は、三割とするのが相当である。

(二) 後遺障害の程度

原告の視力障害は等級表四級一号に、視野狭窄が九級三号に該当するもので、これを併合すると三級相当となる。原告は右後遺障害によってその労働能力の全てを喪失し、これは生涯継続するものと認められる。

三  争点3(損害額全般)について

1  将来の付添費 〇円

(主張四二三六万円)

証拠(原告本人、甲二二)によれば、原告は平成六年六月一五日、原告よりも視力障害が更に高い女性と結婚し、子供をもうけ、家庭生活を営んでいること、整骨院のアルバイトをなし収入を得ていることが認められる。右事実から見ると、原告が前記障害のために付添を要するとは認められず、付添費の主張は理由がない。

2  逸失利益 七六四四万二九七四円

(主張同額)

証拠(甲二七、二八の1ないし6、原告本人)によれば、原告は、将来独立して鮮魚関係の仕事をしたいと考え、右業務を営む「株式会社みな美志まづ」に勤務していたが、平成三年の年収は一七二万〇〇五〇円に、平成四年以後の収入も月額一九万二〇〇〇円にとどまっていたことが認められる。しかしながら、逸失利益の算定は就労可能年齢六七歳までを視野においたものであり、事故時の収入が低くとも、事故がなければこれを超える収入が得られる蓋然性が認められれば、これを基準に基礎収入を定めることも許されると解される。原告は事故当時三〇歳(症状固定時三一歳)の健康な男性であり、現実収入が低かったのも、現職場での勤務が短かったことで説明がつくものである。他方、平成四年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、男子労働者三〇歳から三四歳までの平均年収は五〇三万二五〇〇円(月額四一万九三七五円)に及ぶから、原告の逸失利益の基礎収入をその四分の三余りである月額三一万四二〇〇円とする原告の主張は理由があるというべきである。

そこで、右月収を基礎にホフマン方式により原告の逸失利益を求めると前記金額となる。

計算式 三一万四二〇〇円×一二月×二〇・二七四五(症状固定時の三一歳から六七歳までの三六年間に対応するホフマン係数)=七六四四万二九七四円(円未満切捨・以下同様)

なお、被告は、原告が現在収入を得ていることを逸失利益算定に当たり考慮すべきと主張するが、整骨院のアルバイトという職業の性格上、永続的に収入が確保されているとは言い難いので右主張は採用できない。

3  後遺障害慰謝料 一八〇〇万円

(主張二〇〇〇万円)

原告の後遺障害の内容、程度からみて、右金額をもって慰謝するのが相当である。

第四賠償額の算定

一  損害総額

第三の三の合計は、九四四四万二九七四円である。

二  寄与度減額

一の金額に前記(第三の二)認定の寄与度減額をなすと六六一一万〇〇八一円となる。

三  過失相殺

二の金額に前記(第三の一)認定の向山の過失割合七割五分を乗じると四九五八万二五六〇円となる。

四  損害填補額、弁護士費用

1  三の金額から前記争いのない損害填補額五二二万〇九八九円(第二の一の4)を差し引くと(但し慰謝料からは控除しない)四四三六万一五七一円となる。なお、障害特別年金は損害の填補とはならない。

2  1の金額、事案の難易、請求額その他諸般の事情を考慮して、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は四〇〇万円と認められる。

五  結論

四の1、2の合計は四八三六万一五七一円である。

よって、原告の請求は右金額及び内弁護士費用を除く四四三六万一五七一円に対する平成五年三月三一日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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